代表取締役 十倍直昭
2008年にセレクトヴィンテージショップ「グリモワール(Grimoire)」をオープンしたのち、2021年にはヴィンテージ総合プラットフォーム VCMを立ち上げ、日本最大級のヴィンテージの祭典「VCM VINTAGE MARKET」を主催している。また、渋谷パルコにて、マーケット型ショップの「VCM MARKET BOOTH」やアポイントメント制ショップ「VCM COLLECTION STORE」、イベントスペース「VCM GALLEY」を運営。2023年10月には初の書籍「Vintage Collectables by VCM」を刊行するなど、"価値あるヴィンテージを後世に残していく"ことをコンセプトに、ヴィンテージを軸とした様々な分野で活動し、ヴィンテージショップとファンを繋げる場の提供や情報発信を行っている。
https://www.instagram.com/naoaki_tobe/【令和のマストバイヴィンテージ Vol.15】
by Naoaki Tobevol.15エルメス クレッシェンド編
とどまることを知らない未曾有の古着ブーム。歴史的背景を持つヴィンテージの価値も高騰を続け、一着に数千万円なんて価格が付くこともしばしば。「こうなってしまってはもう、ヴィンテージは一部のマニアやお金持ちしか楽しめないのか・・・」と諦める声も聞こえてきそうです。
でも、そんなことはありません。実は、現時点で価格が高騰しきっておらず、ヴィンテージとしての楽しみも味わえる隠れた名品もまだまだ存在します。この企画では、そんなアイテムを十倍直昭自身が「令和のマストバイヴィンテージ」として毎週金曜日に連載形式でご紹介。第15回は「エルメス(HERMÈS)」のクレッシェンド編。
モデル名の由来は音楽用語、コマがだんだん大きくなる革新的デザイン
現在もヴィンテージ市場は活況を呈していますが、その中でも群を抜いて人気なのが、エルメスのジュエリーです。この連載ではこれまでヘラクレス、アクロバットをご紹介してきましたが、これらの記事を見て僕のお店に来てくださるお客様が、本当に沢山いらっしゃいます。しかも、皆さんのエルメスのジュエリーに対する熱量がとても高いんです。今回紹介するクレッシェンドも、エルメスを代表する名作ジュエリーのひとつ。僕のお店でも、入荷したらすぐに売れてしまう人気アイテムです。
クレッシェンドというモデル名の由来は、おそらく皆さん学生時代に音楽の授業で習ったであろう「だんだん強く」という意味の音楽用語です。その名の通り、コマがだんだん大きくなっているのが特徴なんですが、このクレッシェンドが発売された2000年頃は、このデザインはかなり革新的だったんです。実物を手にしてみるとよくわかるのですが、見る角度によって表情が変わるのも魅力です。
2000年代、エルメスで傑作ジュエリーが数多く生まれた理由
このクレッシェンドのデザインを手掛けたのが、ピエール・アルディ(Pierre Hardy)というデザイナーです。ピエールは「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のシューズデザイナーを務めた後、1990年からエルメスのシューズ、2001年からエルメスのジュエリーのデザインを手掛けるようになりました。今や伝説的な存在となっているマルタン・マルジェラがエルメスのウィメンズプレタポルテのデザイナーだった時期を「マルジェラ期」と呼ぶことがありますが、それと同じように、ピエール・アルディのクリエイションに脂が乗っていた2000年代のエルメスのジュエリーは傑作が多数生まれているので、個人的には「アルディ期」と呼んでもいいくらいだと思っています。
ではなぜ、この頃にエルメスの傑作ジュエリーが多く生まれたのでしょうか。僕はピエールの手腕だけでなく、「時代」に理由があったのではないかと推察しています。
1990年代は、ラグジュアリーブランドという存在が大きく変化した時代でした。それを象徴するブランドが、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」です。近年のルイ・ヴィトンは、音楽プロデューサーのファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)をメンズクリエイティブディレクターに起用するなど、前衛的なイメージがあり、若者にも人気のブランドですが、1990年代まではバッグや財布が主力商品で、どちらかと言えば保守的な印象が強いブランドでした。それを大きく変えたのが、1997年のアメリカ人デザイナー、マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)の起用です。当時弱冠34歳のマークはルイ・ヴィトンの老舗としての品格を保ちつつ、日常で着られる若々しくカジュアルなアイテムを提案し、ルイ・ヴィトンのブランドイメージを一新しました。時を同じくして、他のラグジュアリーブランドも若手の有望なデザイナーを起用しており、ブランドイメージ刷新の流れが生まれていたんです。
1837年に馬具工房として創業したエルメスも、その頃は老舗ブランドとして品質の高さは評価されていたものの、モダンな印象はそれほどありませんでした。そこでエルメスは、マルタン・マルジェラやピエール・アルディを起用し、革新的なデザインを強く打ち出すことで、フレッシュな感性を持つ新しい顧客層を開拓しようとしたのではないか、というのが僕の推論です。
さて、そんなピエール・アルディがデザインしたクレッシェンドは、製造時期によって「前期型」と「後期型」に分けられます。2010年頃までの「前期型」はフランス製でコマが詰まっており、ドイツ製の「後期型」は隙間が空いてコマ数が少ないという違いがあります。僕個人としてはどちらかと言うと「前期型」のほうがスタイリッシュさが感じられるので好みです。
「幻」のイエローゴールドクレッシェンド
実は、クレッシェンドにはシルバーだけでなく、イエローゴールドのモデルもあるんです。かなりの上顧客でないと発注できないオーダーメイドのモデルで、日本には数本しかないと思われます。今の相場だと1000万円以上してもおかしくない「幻の逸品」です。今回は特別にお借りできたので紹介します。シルバーとゴールドでは、キャストが違います。ゴールドはシルバーよりも小さいキャストで作られており、細身のスタイリッシュなシルエットが特徴です。
シルバーのクレッシェンドは、ブレスレットが200万円から、ネックレスは長さによって異なりますが110万円前後からというのが現在の相場ですが、エルメスのジュエリーの市場価格はどんどん高くなっています。
クレッシェンドのデザインは多くのブランドがサンプリングしていますが、オリジナルはやはり代えがたい魅力を持っています。既に誰もが気軽に買える価格ではありませんが、もし気になるのでしたら早めが吉です。
編集:山田耕史 語り:十倍直昭